masanoriの「ぼくらの時代、男だけの世界」

男だけだからこそ、お互い腹を割って話せることもある。そんな思いからこのブログを立ち上げました。連絡先:silent.waves2050@gmail.com

抽象→具象

日本人は抽象的思考が苦手だから、今回は抽象的思考について書いてみる。

 

一つ例を挙げると、元サッカー選手の中田英寿氏が、

今、日本酒をプロデュースすることを仕事にしていて、

変だと感じる方もいるようだが、ぼくからみたら、

どのようにボールを動かせば、ゴールできるかと考えることと、

どのようにお酒を動かせば、売り上げにつながるかという思考の軌跡は、似ている。

つまり、今はサッカーをしていなくても、全く違ったことをしているわけではない。

そして、そもそも、中田氏は、サッカーも日本酒も、好きで始めたことだと思う。

好きなことをしているということでも同じなのだ。

 

他には、マサチューセッツ工科大学では、

理系なのに、学生が作曲をするそうだ。

そして、作曲能力の高い人ほど、学力も高いという調査結果も出ている。

ほとんどの日本人はここで首をかしげる

だが、自分の中で鳴っている曲をコンピュータや楽器を使って、

具体的に曲にしていくのと、自分の中にあるアイデアを形していくのは、似た行為なのだ。

だから、作曲能力と学力は相関性があるのだ。

 

日本人はランキング思考から抜け出せないので、

学問やリベラルアーツのジャンルに優劣をつけることにのみ拘るが、

その優劣にさほど面白味はなく、

異なるジャンルの組み合わせが面白いのだ。

具体的次元では、全くつながりのないことが、抽象的次元では重なりうるから、

異なるジャンルの学力の相関的向上が生まれるし、

新しいものが生まれたり、イノヴェイションも起こりやすくなる。

 

抽象と具象は、英語で言えば、aとtheの違いであり、誰もが日常的に使っているが、

日本語にはもともとない概念のため、日本人には理解不能だとぼくには感じているし、

説明しても伝わらないこともすでに知っている。

ただ、若いうちに、アジア圏以外に出たことがある人は、

抽象的次元が視野に加わることが多いため、

こうした話も伝わりやすいこともわかっている。

だから、若いうちに外で飛び出し、抽象と具象を行き来できるスキルを身につけるのは、

かけがえのない経験になると思う。

抽象的次元の方が、自由度が高いため、頭も以前より柔らかくなると思う。

 

日本では、音楽でも、ミュージシャンが政治を語るなという人がいるが、

音楽の一番いいところは、音楽が音の連なりである以上に、

そして、歌詞が言葉の連なりであること以上に、

アーティストが自由に自分の心を表現できることなのだ。

心を音像化しているので、その時、政治に対して反抗心が、あれば、

レベルミュージックが生まれて当たり前なのだ。

そもそも、どれだけ録音が良くても、曲自体の完成度がある意味高くても、

自由なスピリットが感じられない音楽なんて聞けたものではない。

そして、それはJ-POPに多い。

それはそのまま、今の日本人の心を表している。

 

繰り返すが、大事なことは、抽象的な次元で、無意識に湧き上がってきた想念を、

自由に具現化していくことなのだ。

世界の中では、東アジアのエリアは、個人の自由より、集団を優先する人が多い。

そういう土地柄なのは受け入れるしかないが、

それでも、日本人は、自由の価値そのものを否定しすぎだし、

抽象的な話になると、全く論理的に話せなくなる人が異常に多い。

それは知的に劣っているし、20世紀に大量生産された大衆でしかない。

これからは、日本も民衆主義から、民主主義へ。

もう大衆の時代は終わったのだ。

 

こういうことを言うと必ず、

小林秀雄の「美しい花があるのではない。花が美しいのだ。」という言葉を引用して、

反論する人がいるが、それは間違っている。

先人を越えることが、現代人の先人へのマナーなのだ。

先人が築き上げた世界から、ぼくらは産まれている。

だから、先人の次に行くこともできる。

先人をもし越えなかったら、それは何もしてないことと同じなのだ。

あなたが無名でも有名でも、先人の後から生まれてきている以上、

スタートラインが有利なのだから、先人より優れているとも言えるのだ。